海からきた使い

小川未明

小川 未明 (おがわ みめい、1882年(明治15年)4月7日 - 1961年(昭和36年)5月11日)は、小説家・児童文学作家。本名は小川 健作(おがわ けんさく)。「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」と呼ばれる。娘の岡上鈴江も児童文学者。

なお「未明」は、正しくは「びめい」とよむ。

wikipedia:小川未明

 人間(にんげん)が、天国(てんごく)のようすを知(し)りたいと思(おも)うように、天使(てんし)の子供(こども)らはどうかして、下界(げかい)の人間(にんげん)は、どんなような生活(せいかつ)をしているか知(し)りたいと思(おも)うのであります。
 人間(にんげん)は、天国(てんごく)へいってみることはできませんが、天使(てんし)は、人間(にんげん)の世界(せかい)へ、降(お)りてくることはできるのでありました。
「お母(かあ)さま、どうぞ、わたしを一度(ど)下界(げかい)へやってくださいまし。」
 天使(てんし)の子供(こども)は、母親(ははおや)に頼(たの)んだのであります。けれど、お母(かあ)さまは、容易(ようい)にそれを、お許(ゆる)しになりませんでした。
 なぜなら、人間(にんげん)は、天使(てんし)より野蛮(やばん)であったからです。そして、我(わ)が子(こ)の身(み)の上(うえ)に、どんなあやまちがないともかぎらないからでありました。
「どうぞ、お母(かあ)さま、わたしを一度(ど)下界(げかい)へやってくださいまし。」と、幾度(いくたび)となく、その小(ちい)さな天使(てんし)の一人(ひとり)は、お母(かあ)さまに頼(たの)みました。
 毎夜(まいよ)のように、地球(ちきゅう)は、美(うつく)しく、紫色(むらさきいろ)に空間(くうかん)に輝(かがや)いていました。そして、その地球(ちきゅう)には天使(てんし)と同(おな)じような姿(すがた)をした人間(にんげん)が住(す)んで、いろいろな、それは、天使(てんし)たちには、ちょっと想像(そうぞう)のつかない生活(せいかつ)をしていると、聞(き)いたからでありました。
「それほどまでに、下界(げかい)へいってみたいなら、やってあげないこともないが、しかし、一度(ど)いったなら、三年(ねん)は、辛抱(しんぼう)してこの天国(てんごく)へ帰(かえ)ってきてはなりません。もし、その決心(けっしん)がついたなら、やってあげましょう……。」と、お母(かあ)さまはいわれました。
 美(うつく)しい天使(てんし)は、しばらく考(かんが)えていました。そして、ついに決心(けっしん)をいたしました。
「三年(ねん)の間(あいだ)、わたしは下界(げかい)にいって、辛抱(しんぼう)をいたします。そして、いろいろのものを見(み)たり、また、聞(き)いたりしてきます。」と答(こた)えました。
 天国(てんごく)から、下界(げかい)に達(たっ)する道(みち)はいくつかありました。赤(あか)い船(ふね)に乗(の)って、雲(くも)の間(あいだ)や、波(なみ)の間(あいだ)を分(わ)けてから、怖(おそ)ろしい旋風(せんぷう)に、体(からだ)をまかせて二日二晩(ふつかふたばん)も長(なが)い旅(たび)をつづけてから、ようやく、下界(げかい)の海(うみ)の上(うえ)に静(しず)かに、降(お)りることも、その一つであれば、また、体(からだ)を雲(くも)と化(か)したり、鳥(とり)と化(か)したり、露(つゆ)と化(か)したりして、下界(げかい)の山(やま)の上(うえ)や、とがった建物(たてもの)の屋根(やね)のいただきや、野原(のはら)などに降(お)りることもできたのであります。
 天使(てんし)は、人間(にんげん)の力(ちから)ではできないことも容易(ようい)にされたのです。だから、小(ちい)さなかわいらしい天使(てんし)が、野蛮(やばん)な人間(にんげん)の住(す)んでいる下界(げかい)へ降(お)りてみたいなどと思(おも)ったのも無理(むり)のないことでありました。
 小(ちい)さな天使(てんし)は、いつしか下界(げかい)に降(お)りて、美(うつく)しい少女(しょうじょ)となっていました。
 ある秋(あき)の寒(さむ)い日(ひ)のこと、街(まち)はずれの大(おお)きな家(いえ)の門辺(かどべ)に立(た)って、家(いえ)の内(なか)からもれるピアノの音(おと)と、いい唄声(うたごえ)にききとれていました。あまりに、その音(おと)が悲(かな)しかったからです。故郷(こきょう)といえば、幾(いく)百千里(り)遠(とお)いかわからないからです。そして、帰(かえ)りたいと思(おも)っても、いまや、そのすべすらなく、まったく途(みち)もなかったからであります。少女(しょうじょ)は、どうかして、やさしい人(ひと)の情(なさ)けによって救(すく)われたいと思(おも)いました。
 空(そら)は、時雨(しぐれ)のきそうな模様(もよう)でした。今朝(けさ)がたから、街(まち)の中(なか)をさまよっていたのです。たまたまこの家(いえ)の前(まえ)にきて、思(おも)わず足(あし)を止(と)めてしばらく聞(き)きとれたのでした。
 そのうちに、街(まち)には、燈火(あかり)がつきました。家(いえ)のうちのピアノの音(おと)はやんで、唄(うた)の声(こえ)もしなくなりました。けれど、哀(あわ)れな少女(しょうじょ)は、この家(いえ)の前(まえ)を去(さ)ろうとせずに、そこに立(た)っていました。
 そのとき、りっぱな洋装(ようそう)をしてお嬢(じょう)さんが出(で)てきました。お嬢(じょう)さんはこれから、どこかへ出(で)かけられるようすでした。
「お姉(ねえ)さん、わたしもいっしょにつれていってください。」と、門(かど)に立(た)っている少女(しょうじょ)は、呼(よ)びかけました。
 お嬢(じょう)さんは、びっくりして振(ふ)りかえると、そこにかわいらしい、しかし寒(さむ)そうな、さびしそうなようすをして、少女(しょうじょ)が自分(じぶん)の顔(かお)を見上(みあ)げていましたので、この子供(こども)は、どこの子(こ)だろうかと、くびをかしげたが、思(おも)い出(だ)せませんでした。
「どうして、私(わたし)がゆくところを知(し)っているの?」と、お嬢(じょう)さんはいいました。
「わたしは、お姉(ねえ)さんが、おいでなさるところをよく知(し)っています。お姉(ねえ)さんは、これから舞踏会(ぶとうかい)においでなさるのでしょう。わたしは、おじゃまをいたしませんからどうかつれていってください。わたしは、みなさんの踊(おど)りなさるのが見(み)たいのです……。」と、少女(しょうじょ)は頼(たの)みました。
「いいえ、おまえさんをつれてゆくことなどはできません。はやく、お帰(かえ)りなさい。」と、お嬢(じよう)さんは、迷惑(めいわく)そうにいって、さっさとあちらへいってしまいました。
 少女(しょうじょ)は、お嬢(じょう)さんの行方(ゆくえ)をうらめしそうに見送(おく)っていますと、お嬢(じょう)さんの姿(すがた)は、夕(ゆう)もやのうちに隠(かく)れて、消(き)えていってしまいました。少女(しょうじょ)は、しかたなく、さびしい方(ほう)へと歩(ある)いてゆきました。
 もう日(ひ)は暮(く)れかかっていました。街(まち)を離(はな)れると、家(いえ)の数(かず)がだんだん少(すく)なくなりました。そのとき、途(みち)の上(うえ)で、ちょうど自分(じぶん)と同(おな)じ年(とし)ごろの少女(しょうじょ)が、赤(あか)ん坊(ぼう)を負(おぶ)って、子守唄(こもりうた)をうたっていました。この子守唄(こもりうた)を聞(き)くと、歩(ある)いてきた少女(しょうじょ)は、すっかり感心(かんしん)してしまいました。
「なんという、情(なさ)けの深(ふか)い唄(うた)だろう。天国(てんごく)にも、これより貴(とうと)い唄(うた)を聞(き)いたことはない。」と、思(おも)いました。そして、少女(しょうじょ)は、近(ちか)づくと、赤(あか)ん坊(ぼう)を負(おぶ)って、唄(うた)をうたっている娘(むすめ)にやさしく問(と)いかけたのであります。
「もう日(ひ)が暮(く)れるじゃありませんか。こんなにおそくなるまで、あなたは外(そと)に立(た)って、唄(うた)をうたっておいでなさるのですか。」と、少女(しょうじょ)はいいました。
 赤(あか)ん坊(ぼう)を負(おぶ)っている娘(むすめ)は、知(し)らない少女(しょうじょ)ではありましたが、こうやさしく問(と)いかけられると、目(め)に涙(なみだ)をためて、
「お母(かあ)さんが病気(びょうき)なもんですから、乳(ちち)をたくさん飲(の)ませることができないのです。なるたけ、赤(あか)ちゃんを眠(ねむ)らせるために、こうして、いつまでも外(そと)に立(た)って、唄(うた)をうたっているのです。」といいました。
 少女(しょうじょ)は、娘(むすめ)のいうことに、深(ふか)く同情(どうじょう)いたしました。
「そんなら、夜中(よなか)でも起(お)きて、あなたは唄(うた)をうたいなさるのですか?」
「夜中(よなか)でも起(お)きて、私(わたし)は、牛乳(ぎゅうにゅう)を飲(の)ませたり、泣(な)くときは守(も)りをしなければなりません。」と、娘(むすめ)は、答(こた)えました。
 美(うつく)しい、やさしい少女(しょうじょ)は、感心(かんしん)してしまいました。
「わたしが、今夜(こんや)、あなたに代(か)わって赤(あか)ちゃんの守(も)りをしてあげましょうか……。」と、少女(しょうじょ)はいいました。
「ありがとうございます。母(はは)が、かえって気(き)をもみますから、どうぞお気(き)にかけないでください……。」と、娘(むすめ)は答(こた)えました。
 少女(しょうじょ)は、しんせつが、かえって迷惑(めいわく)になってはいけないと思(おも)って立(た)ち去(さ)りました。
「はやく、あなたのお母(かあ)さんのおなおりなさるように祈(いの)っています。」と、少女(しょうじょ)は、立(た)ち去(さ)るときにいいました。
 少女(しょうじょ)が歩(ある)いてきますと、あとから赤(あか)ん坊(ぼう)を負(おぶ)った娘(むすめ)が追(お)いかけてきました。そして、少女(しょうじょ)を呼(よ)び止(と)めました。
「あなたのお家(うち)はどこですか……。」
 少女(しょうじょ)は、さびしそうに、娘(むすめ)の顔(かお)を見(み)て、微笑(ほほえ)みながら、
「わたしの家(うち)は、遠(とお)いんですの……。」と答(こた)えました。
 娘(むすめ)は、聞(き)いてびっくりしました。
「あなたは、こんなに暗(くら)くなって、どうしてお家(うち)へお帰(かえ)りになることができるのですか……。きたない家(うち)ですが、今夜(こんや)、私(わたし)の家(うち)に泊(と)まっていってください。」と、娘(むすめ)は、真心(まごころ)をこめていいました。
「わたしのことなら、どうぞおかまいなく……。」といって、少女(しょうじょ)は、とっとっとあちらへ去(さ)ってしまいました。
 その晩(ばん)は、雨(あめ)になりました。娘(むすめ)は、うす暗(ぐら)い家(いえ)のうちで、赤(あか)ん坊(ぼう)の守(も)りをしながら、先刻(さっき)、前(まえ)を通(とお)ったやさしい少女(しょうじょ)は、いまごろどうしたろうと思(おも)って、その身(み)の上(うえ)を案(あん)じていたのです。しかし、この夜(よ)から、お母(かあ)さんの病気(びょうき)は、だんだんいいほうに向(む)かいました。
 いつのまにか、冬(ふゆ)がきてしまいました。
 木枯(こが)らしの吹(ふ)く夜(よる)のことです。地(ち)の上(うえ)には、二、三日(にち)前(まえ)に降(ふ)った大雪(おおゆき)がまだ消(き)えずに残(のこ)っていました。空(そら)には、きらきらと星(ほし)が、すごい雲間(くもま)に輝(かがや)いていました。
 ここに憐(あわ)れな年(とし)とった按摩(あんま)がありました。毎晩(まいばん)のように、つえをついて、笛(ふえ)を鳴(な)らしながら、町(まち)の中(なか)を歩(ある)いたのでした。按摩(あんま)は、坂(さか)にかかって、地(ち)が凍(こお)っているものですから、足(あし)をすべらしました。そのはずみに、懐中(ふところ)の財布(さいふ)を落(お)とすと、口(くち)が開(あ)いて、銀貨(ぎんか)や、銅貨(どうか)がみんなあたりにころがってしまったのでした。
「あ、しまった!」と、按摩(あんま)はあわてて両手(りょうて)で地面(じめん)を探(さが)しはじめました。
 指(ゆび)のさきは、寒(さむ)さと、冷(つめ)たさのために痛(いた)んで、石(いし)ころであるか、土(つち)であるか、それとも、銅貨(どうか)であるかさえ判断(はんだん)がつかなかったのでした。通(とお)る人(ひと)たちは、わき見(み)もせずに、みんな寒(さむ)いので家(いえ)の方(ほう)へ急(いそ)いでいました。また、通(とお)りがかりに、この有(あ)り様(さま)を見(み)た人(ひと)の中(なか)には、拾(ひろ)ってやって、相手(あいて)が盲目(めくら)だから、かえって疑(うたが)われるようなことがあってはつまらないと思(おも)ったり、また、中(なか)には、自分(じぶん)で後(あと)からきて銭(ぜに)を拾(ひろ)ってやろうと、よくない考(かんが)えを抱(いだ)いたような小僧(こぞう)などもありました。
 ちょうどこのとき、やさしい少女(しょうじょ)は通(とお)りかかったのです。
「なんという、人間(にんげん)は、浅(あさ)ましい心(こころ)をもっているのでしょうか。天国(てんごく)には、こんな考(かんが)えをもっているようなものや、薄情(はくじょう)なものは一人(ひとり)もないのに!」と思(おも)いました。
「おじいさん、わたしが、拾(ひろ)ってあげます。」と、少女(しょうじょ)はいって、銀貨(ぎんか)や、銅貨(どうか)を拾(ひろ)って、按摩(あんま)の財布(さいふ)の中(なか)にいれてやりました。
 年(とし)とった按摩(あんま)は、たいへんに喜(よろこ)びました。
「今夜(こんや)は、道(みち)が凍(こお)ってすべりますから、出(で)まいかと考(かんが)えましたのを、出(で)たのでこんなめにあいました。まことにありがとうございます。」といって、幾(いく)たびとなく礼(れい)を述(の)べました。
 やさしい少女(しょうじょ)は、按摩(あんま)の手(て)をひいて、家(うち)へつれていってやりました。
 家(うち)では、おばあさんが、こんなに寒(さむ)く、道(みち)がすべるからけがでもなければいいがと心配(しんぱい)していました。そこへ、按摩(あんま)のおじいさんは、少女(しょうじょ)に手(て)をひかれて帰(かえ)ってきました。
 おばあさんは、おじいさんから、今夜(こんや)少女(しょうじょ)に助(たす)けられた話(はなし)をきくと、たいそう感心(かんしん)して厚(あつ)くお礼(れい)を申(もう)しました。二人(ふたり)は、少女(しょうじょ)に、どうか上(あ)がってくれといって、家(うち)へいれて、火(ひ)をたいて暖(あたた)かにして少女(しょうじょ)をいたわりました。
「お嬢(じょう)さんは、この町(まち)の人(ひと)ではないようですが、お家(うち)はどこでいらっしゃいますか。」と、おばあさんはたずねました。
 少女(しょうじょ)は、急(きゅう)に、さびしそうな顔(かお)つきをしました。
「この世界(せかい)には、わたしの家(いえ)というものはないのでございます。わたしは、まったくの独(ひと)りぼっちで、今日(きょう)はこの町(まち)、明日(あす)はあちらの村(むら)というふうに歩(ある)いています……。」と、少女(しょうじょ)は答(こた)えました。
 すると、おばあさんも、おじいさんもあきれた顔(かお)つきをしました。
「まあ、そんなら、お母(かあ)さんも、お父(とう)さんもおありなさらぬのですか?」と、二人(ふたり)はたずねました。
「わたしのお母(かあ)さんも、お父(とう)さんも、ここから遠(とお)い、遠(とお)い、歩(ある)いてはゆかれないところにいらっしゃいます。」と、少女(しょうじょ)は答(こた)えました。
 おばあさんは、うなずきました。
「二人(ふたり)とも、おなくなりなさったので……あなたは、孤児(みなしご)なんですね。」といって、独(ひと)りでそうきめてしまいました。
 盲目(めくら)のおじいさんは、おばあさんのそでをひきました。
「やさしい子(こ)でもあるし、両親(りょうしん)がないというのだから、幸(さいわ)い、家(うち)の子(こ)にしてはどうだな?」と、顔(かお)をおばあさんの方(ほう)に向(む)けて、小(ちい)さな声(こえ)でいいました。
 おばあさんは、じろじろと少女(しょうじょ)のようすを見(み)て、孤児(みなしご)にしては、あまりきれいで、どことなく上品(じょうひん)なので、なんらかふに落(お)ちないように小(こ)くびを傾(かたむ)けていました。
「そう、おまえさんのように、やすやすときめていいものですか……。」と、怒(いか)り声(ごえ)を出(だ)していいました。
「おばあさん、よく考(かんが)えてみるがいい。こんな子供(こども)があったら、どれほど、家(うち)の役(やく)にたつかしれないぜ。」と、按摩(あんま)はいいました。
 おばあさんは、なるほどとうなずきました。そこで、急(きゅう)に、声(こえ)をやさしくして、少女(しょうじょ)に向(む)かって、
「どこのお嬢(じょう)さんですか、知(し)りませんが、いまのお話(はなし)のような身(み)の上(うえ)でしたら、私(わたし)の家(うち)の子(こ)になってくださいませんか。じつは、私(わたし)たちは、二人(ふたり)ぎりでさびしくてしかたがないのですから。」と、おばあさんは頼(たの)みました。
 少女(しょうじょ)は、遠(とお)い、空(そら)のかなたのふるさとを思(おも)い出(だ)しました。いつも、ふるさとのことを思(おも)うと悲(かな)しくなりました。
「わたしは、ここの家(うち)の子(こ)になってしまうことができませんけれど、すこしの間(あいだ)でよければ、おてつだいをしてあげます。」と、少女(しょうじょ)は答(こた)えました。
「そんなら、すこしの間(あいだ)でもいいから、てつだいをしてください。」と、二人(ふたり)は頼(たの)みました。
 やさしい少女(しょうじょ)は、この日(ひ)から、おばあさんやおじいさんのてつだいをしてしんせつに、二人(ふたり)のためにつくしたのです。
 老人夫婦(ろうじんふうふ)は、けっして、心(こころ)の悪(わる)い人(ひと)ではありませんでしたから、少女(しょうじょ)は、つらいことがあっても我慢(がまん)をいたしました。そして、夜(よる)は、按摩(あんま)のおじいさんの手(て)を引(ひ)いて町(まち)へもゆきました。
「おじいさん、寒(さむ)い晩(ばん)ですこと。」と、少女(しょうじょ)は、歩(ある)きながら、おじいさんに向(む)かって話(はな)しました。
「ああ、早(はや)く、春(はる)になって、暖(あたた)かになってくれるといい。」と、おじいさんはいいました。
 木枯(こが)らしが吹(ふ)いていました。そして、星(ほし)の光(ひかり)が、ぴかぴかと、いまにも飛(と)びそうに空(そら)に光(ひか)っていました。少女(しょうじょ)は、じっと、星(ほし)の光(ひかり)をながめて、ふるさとを思(おも)い出(だ)していたのであります。
 春(はる)になりました。海(うみ)の上(うえ)は穏(おだ)やかに、山(やま)には、木々(きぎ)の花(はな)が咲(さ)いて、野原(のはら)には、緑色(みどりいろ)の草(くさ)が芽(め)ぐみました。ある日(ひ)のこと、町(まち)の人々(ひとびと)は、海(うみ)の上(うえ)に、不思議(ふしぎ)な景色(けしき)が見(み)えるとうわさしました。それは、蜃気楼(しんきろう)なのであります。
「おばあさん、海(うみ)の上(うえ)に、不思議(ふしぎ)な景色(けしき)が見(み)えるといいますから、いってみましょう……。」と、少女(しょうじょ)は、おばあさんにいいました。
「ああ、いいお天気(てんき)だから、おまえだけいってみておいでなさい。私(わたし)は年寄(としよ)りだから、歩(ある)くのがたいそうです。」と、おばあさんは答(こた)えました。
 少女(しょうじょ)は、独(ひと)りで、海(うみ)へいってみたのであります。かぎりもなく、海原(うなばら)は、青々(あおあお)としてかすんでいました。太陽(たいよう)の光(ひかり)は、うららかに、波(なみ)の上(うえ)を照(て)らしていました。町(まち)の人々(ひとびと)は、たくさん海辺(うみべ)へ出(で)て沖(おき)の方(ほう)をながめていました。そのうちに、もうろうとして夢(ゆめ)のように、影(かげ)のように、どこの景色(けしき)とも知(し)らない、山(やま)や、野原(のはら)や、紫色(むらさきいろ)の屋根(やね)などが浮(う)かんで見(み)えたのであります。
「ああ、わたしのふるさとの景色(けしき)だこと。」といって、少女(しょうじょ)は飛(と)び上(あ)がりました。天国(てんごく)から、下界(げかい)へきてはや三年(ねん)の月日(つきひ)がたったのであります。その間(あいだ)にいろいろの人間(にんげん)の生活(せいかつ)に触(ふ)れてみました。しかし、いまやふるさとに帰(かえ)るときがきたのであります。
 町(まち)の人々(ひとびと)は、不思議(ふしぎ)な景色(けしき)が見(み)えなくなると、家(いえ)の方(ほう)に帰(かえ)りましたが、少女(しょうじょ)だけは、岩(いわ)の上(うえ)に立(た)って、沖(おき)の方(ほう)をいっしんに望(のぞ)んでいました。そのうちに、一そうの赤(あか)い船(ふね)が、こちらをさしてこいできたのです。少女(しょうじょ)を迎(むか)えにきたのでした。少女(しょうじょ)は、それに乗(の)ると、ふたたび天国(てんごく)をさして去(さ)りました。このやさしい天使(てんし)は、永久(えいきゅう)に、この下界(げかい)に別(わか)れを告(つ)げたのでした。
 天国(てんごく)には、やさしい天使(てんし)のお母(かあ)さんが、我(わ)が子(こ)の帰(かえ)るのを待(ま)っていられました。三年(ねん)の間(あいだ)、下界(げかい)に苦(くる)しんできた子供(こども)に、なんの変(か)わりもなければいいがと心配(しんぱい)していられました。小(ちい)さな天使(てんし)は無事(ぶじ)に、ふたたびなつかしいお母(かあ)さんを見(み)ることができました。お母(かあ)さんは、やはり、心(こころ)の美(うつく)しい、汚(けが)れない我(わ)が子(こ)であるとお知(し)りなさると、ほんとうにお喜(よろこ)びになりました。
 姉(あね)の天使(てんし)も、弟(おとうと)の天使(てんし)も、みんなが下界(げかい)の有(あ)り様(さま)を知(し)ろうと、このやさしい天使(てんし)を取(と)り囲(かこ)んでお話(はなし)を伺(うかが)いました。小(ちい)さなやさしい天使(てんし)は、下界(げかい)で見(み)たことと知(し)ったことを語(かた)りました。そして、正直(しょうじき)な、哀(あわ)れな人(ひと)たちに、幸福(こうふく)を与(あた)えてやりたいと答(こた)えたのであります。
――一九二四・一〇作――

底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社

   1977(昭和52)年2月10日第1刷発行

   1977(昭和52)年C第2刷発行

青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)より引用

yahoo知恵袋より引用

社会人入試で大学に行こうと思っているものです。
大学では児童文学を専攻したいと思っているのですが、
学部として児童文化をおいているところは数少なく、
選択肢がかなり狭まっている状態です。

今のところ白百合女子大学は受けるつもりでいるのですが、
児童文学を学べる大学で、さらに社会人入試・もしくは編入を受けられるところは、他にあるでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃったら教えてください。
大阪の梅花女子大学に児童文学科ってありますよ☆
私は違う学科に在籍しているのですが、
児童文学科に関しては、東の白百合、西の梅花って言われてるそうですよ。
社会人入試も編入試験もあるし、大学院も完備です。
あまりレベルの高い学校とはいえませんが、もんなものすごく生き生きと勉強しています。
もしよかったら、頭の隅にでも入れておいて下さい。